摂食嚥下担当医 大久保 正彦(おおくぼ まさひこ)

出身大学
日本歯科大学歯学部
埼玉医科大学大学院
所属
杏林大学耳鼻咽喉科学教室顎口腔外科 助教
埼玉医科大学病院歯科口腔外科 非常勤歯科医師
資格
医学博士
日本口腔外科学会 認定医
日本有病者歯科医療学会 認定医・専門医
日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士
日本外傷歯学会 認定医
- 摂食嚥下(せっしょくえんげ)の担当の先生ということなのですが、摂食嚥下って何ですか?
- 摂食嚥下というのは、「食べ物を口の中に運び、咀嚼し、飲み込むこと」です。
健康な方は無意識でも出来るのですが、歯と口だけでなく全身状態の悪化や加齢によってこの行為ができなくなってきます。
食事形態の選択が適切でないと、誤嚥(ごえん)してしまいます。
極端な話ですが、歯がない人が常食を食べたら、ちゃんと咀嚼が出来なくて誤嚥して肺炎になってしまい、また入院してしまうということもあります。
長期入院していた方が退院した時に「入院前はこの食べ物は大丈夫だったから、その時と同じものでいいだろう」と食形態の選択を漫然とやっていると、誤嚥性肺炎のリスクが高くなります。
内視鏡検査も含めた嚥下のスクリーニング検査をしっかりして、適切な食形態を提案する、
もう少し頑張ればもう一段階上の食形態にできそうという人にリハビリをすることで食事のサポートを行うのが摂食嚥下の担当医の仕事です。
咀嚼機能低下が原因で食形態の選択が制限されている方には、ぐらぐらの歯を抜いたり、虫歯の治療をしたり、義歯を作製したりすることで改善を図ることができます。
「歯科医が行う摂食嚥下」では、このようなアプローチが出来ます。

- 口から食べられるようにする、というかなり重要なポジションですね。医科の先生と連携して、歯医者さんに繋いでいくというポジションが摂食嚥下の先生という解釈で合っています?
- はい。
口から食べることは、点滴や胃管よりも効率よく栄養が摂れますし、食べる喜びを感じることができます。もちろん原疾患のコントロールが行われていることが前提にあるので医科の先生との連携は必須です。
- 病院は胃ろうを付けたがるけど、家族は「胃ろうはかわいそうだ」という葛藤があると聞きます。
おかゆと梅干をすごく喜んでいたけど、誤嚥で一回心停止になったことがあったので病院にはやめてくれといわれ対立しちゃったという話を聞いたことがありますが、そんな場合どうしたらいいんでしょうか? - 胃ろうは必ずしもネガティブなものではなく、ポジティブな胃ろうもあるので一概には言えませんが・・・そのような時に、内視鏡検査が有効です。
今誤嚥しているかどうか?ちゃんと飲み込めているのか?が目視できるので一般の方が見ても分かります、
「今、肺に入りましたよ」と明らかに誤嚥しているのを見たら、患者さんもご家族も「さすがにコレはやめよう」と納得しますよね。
そういった患者さんと病院側の仲立ちをすることもあります。
内視鏡で診る「嚥下機能検査」というのは、そんな時の指標になります。
ちゃんと飲み込めているのか?ちゃんと咀嚼してつぶせているのか?が目で見えるっていうのはすごく説得力があります。
しかも侵襲が小さい検査です。嚥下機能検査には、VFと言って造影剤と放射線を使った検査があるのですが、そういうのと比べれば放射線も使わないですし。

- 家族は、出来る事なら口から食べさせてあげたいと、思うのですが・・・。
-
私たちも毎食を立ち会うことはできませんので、ご家族に協力してもらうこともあります。
例えば、座り方や姿勢、食器の大きさ、スプーンの形態などを固定してもらったり、普段の食事の際に「送りこみ」といって嚥下をサポートしてあげることなどです。
- 摂食嚥下の先生って、医科に近いのでしょうか?
- 個人的には、歯科も医科のなかの一分野だと考えています。
僕は医科大学の口腔外科に在籍して9年目になります。
「全身疾患が分からないとダメだろう」ということで、まずは医学部付属病院の口腔外科に行こうと思いました。
今所属している大学病院では、耳鼻科の先生とよくディスカッションしています。
医科からの紹介患者さんが多いので、様々な全身疾患を持つ患者さんの診察をしています。
そんな中にいると、患者さんの疾患の治療を行うという根本は同じなので、医科だから、歯科だからということにあまり距離を感じてはいません。
- 割と新しいジャンルなのでしょうか?
- そうかもしれません。
摂食嚥下で関わる患者さんは、いろいろな病気を持っている方がいるので、まずそういった病気を分かることが大事です。
その病気を分かった上ではじめて、その方の歯の治療が出来る、入れ歯が作れる、そして嚥下の評価が出来るのです。
食べるための歯科治療なので、ちゃんと食べられているか?というのは嚥下を評価することまでして、それでひとサイクルです。
歯だけ治せばいい、ということではないのです。

- ぐるっと繋がっていくんですね。ちなみに、歯科医師を目指したキッカケは?
- 医科の先生が、全身状態が回復してくると食事をどんどん固いものに上げていくのですが・・・でも、歯がボロボロで歯周病がひどかったら、固いものを食べれば食べるほど歯がボロボロ抜けていくなんてこともあります。
そういう悪循環を実際に見た時に「摂食嚥下に歯医者、必要じゃん」と思ったのです。
歯医者って仕事が減っていくだろうという話もありますが、削る詰めるだけではないんですね、このようなジャンルもあるんです。
- お医者さんって、歯に関しては無頓着ですか?
-
最近は外科系、内科系のいずれでも口腔ケアの重要性がかなり周知されてきています。
しかし、いわゆる歯科治療の重要性についてはまだまだ認識が足りていないと感じます。(歯科と医科がわかれている以上仕方がないことですが。)
- 今は、どういう立場なんですか?
-
医学部付属病院の耳鼻咽喉科の助教です。
今所属している病院では、耳鼻科の中に口腔外科があるんです。
耳鼻科医と歯科医が一緒に仕事をしている珍しい病院です。
普段は口腔外科と、有病者といって全身疾患を持っている患者さんの治療をしています。
- 耳鼻科を併設する歯科医院もあると聞くのですが、なぜですか?
-
もちろん領域が近いというのがあります。
疾患でいえば、話はそれますが上顎洞炎(じょうがくどうえん)いわゆる蓄膿症ですが、
鼻が悪いと両側に出来るけど、片方の場合7割が歯が原因といわれています。
なので、耳鼻科で手術しても、歯が原因の場合は歯を治さないと全然治らないんですよ。

- え?歯と蓄膿症って、そんなに関係あるんですか??
-
奥歯の根っこが、上顎洞に貫通していることがあるんです。
だから歯の根っこが悪くなった時に、蓄膿症になることがあります。
そういう時は、歯を抜くとか、歯の根っこの治療をしないといけません。
「耳鼻科」だと耳と鼻のイメージしかないですけれど、「耳鼻咽喉科」というと口の中の喉(のど)も含まれるじゃないですか?
だから耳鼻科の先生は結構口も診ているんですよ。口の中の手術もやっています。
耳鼻科って町医者のイメージがありますが、大学の耳鼻科だと首とか顔全部の癌などの手術もしているので、耳鼻科はすごく大変な科なんです。
- インプラントについてはどうお考えですか?
-
年齢と症例を選べば、いい治療ですが、不適当な症例もあります。
矯正と一緒で、一生診ていかなきゃならない治療なので、やりっぱなしはダメです。
歯医者に来れなくなったら、訪問でも診ていけないとダメです。
インプラントと訪問は、かけ離れているイメージがありますが、インプラントの管理は一生やっていかないといけません。
若い時にインプラント入れた人が、高齢になり通院ができなくなったときに「インプラント周囲炎になりました」といっても、インプラントは除去できないし、そこから炎症が広がったらまずいので、過去にインプラント治療をした患者さんの訪問こそちゃんとやらなければなりません。
- インプラントを入れた方は、通常の訪問よりも注意してみる必要があるということですね。
-
はい、訪問の回数やお手入れの方法もご家族の協力も得て進めます。
インプラントをしたら、訪問歯科をしっかりやってもらわないとならないとか、そういうことまで分からないですよね。
- 川名部歯科では、どこに訪問をしていますか?
-
ご自宅に伺うことも施設に伺うこともあります。
また、慢性期病院(長期入院になる方が多い病院)で、経口摂取ができるかどうかとかの評価をすることもあります。
- 医科の病院に川名部歯科として行くんですね?
-
はい。
あと、在宅の高齢者は一回入院して退院してきたという方も多いので、今の食事形態がいいか一回診ておきましょうというケースもあります。
ずっと歯がなかった人に入れ歯を作った時に、じゃあどこまで食べられるか診ておきましょう、嚥下も一緒に見ていきましょう、そこが歯科治療の嚥下のゴールです。

- 介護用の食事のメニューって今いっぱい出てきているそうですが。
-
そうですね、いっぱいあります。
舌でつぶせるんだけど、見た目はハンバーグとかおひたしに見えるものなどがあります。
視覚で食欲って出ます。
- 日本の介護食って進んでいるんですか?
-
スゴイと思います。
大手食品メーカーが力を入れて作ってくれているんで、技術としてはすごいです。
日本は世界一の超高齢社会なので、日本がこれから世界のモデルケースになっていくんじゃないかなと思います。
大学は摂食リハビリテーションやってますが、開業医でそこに着目しているところはまだまだ少ないですね。
川名部歯科医院は院長がインプラントの専門医で、訪問も必要だということでじゃあ摂食嚥下も必要だという考えです。
僕と考え方が似ていますね・・・広いものの考え方をしている院長なので信頼できます。
それぞれ専門の分野があって、その中で自分はここをやる、というのは当然だと思います。

- 「餅は餅屋」のチーム医療ってことですね、今後そうなっていくと思いますか?
-
なっていくと思います。
全部勉強して全部の専門になることはできないので。
あとは、口腔外科と摂食嚥下をやっている先生が少ないので、そういうのを貴重に思ってもらえるといいなと思います。
摂食嚥下の担当医は、医科とうまく連携するとか、医者がどんなことをしているとか、そこを知らないとそれ以上先に踏むこめないんですね。
摂食嚥下は、AIでは無理なんです。
感情的な部分が大きいですし、ご家族との会話などホスピタリティも大事です。
- 患者さんやご家族にメッセージを
-
口から食べることをあきらめないでほしい。
だからといって無理に食べるのではなくて、僕に依頼して欲しいです。
- 胃ろうの方が梅干とおかゆを内緒で食べたら、明らかに元気になった、目の輝きが違うんだという話を聞いたことがあります。
- そうだと思います。
「食べるため歯を治しましょう」ってよく言いますが、僕が思う歯医者の治療は
食べることができる(歯の治療)、プラス摂食嚥下も含めます。
ちょっとでも気になることがあったら、ぜひ気軽に聞いてください。

インタビュー 2019/5/21